第195回社会科学習会は、2024年9月14日(土)に、牛込第一中学校で開催されました。現場の先生方の参加がいつもより少なかったのは残念でした。今回は、講師に塙 枝里子先生(都立農業高等学校 主幹教諭)をお迎えし、『新NISA時代の金融経済教育 高等学校における授業実践から』と題して講演をしていただきました。塙先生は、民間企業勤務から高校教員に転身し、以来ダンス部の顧問、現在は教務主任も務めていらっしゃいます。教員になってから大学院に進学し、現在研究員という立場も務めているそうです。金融経済教育推進機構(JFLEC)などの委員、教科書や新聞等への寄稿など、授業や校務以外でも幅広く活動されています。以下では、その要旨をお伝えします。
0.はじめに
2010年以降の金融経済教育の私自身の実践は、かなり移り変わってきています。初期はアクティブラーニングを意識し、株式学習ゲームを中心に生徒と一緒にやってみることをモットーに授業をしてきました。2014年にNISA(少額投資非課税制度)がスタートし、学習指導要領にも資産形成の記述が増えました。このころからは、生徒にとっての「自分ごと」をテーマに実践を積み重ねました。現在の学校に移ってからは、資産形成や投資に社会的な関心が高まり、金融教育の必要性がかなり高まりました。2022年の高等学校の学習指導要領完全移行から、金融教育もある意味で必修化されました。家庭科など他教科とのコラボレーション授業も行うようになりました。
1.金融経済教育が求められる背景
2005年に金融経済教育の定義が定められました。金融広報委員会から様々な資料等が出されていますが、浸透していないのが実情かもしれません。また、金融教育は保護者の子どもへの関わりがとても大切であると感じていて、保護者に対しての教育も大切であると考えています。
日本経済の現状は、賃金が上がらないこと、円の購買力の低下、超高齢社会や人口減少社会などによる財政・社会保障の課題が山積していることなどで、明るい未来像が描きづらいところです。また、選挙権・成年年齢の引き下げによって、早期の自立が求められるようになりました。これらのような背景から、金融経済教育が求められていると言えます。
先ほども述べたように、2022年からは高等学校の新学習指導要領の実施が始まり、その流れがさらに加速しています。実際には、2017年の政治・経済のセンター試験問題で日本の金融資産に関する知識を問う問題が出題されており、教科書の記述にも金融資産の国際比較の資料が掲載されるなど、その拡充は進んでいます。
一方、金融教育を受けたと認識している人のほうがトラブルに巻き込まれたことがあるという統計(注1)もあり、効果的な金融経済教育が求められるという側面もあります。
(注1) 金融リテラシー調査(2022年)P26
https://www.shiruporuto.jp/public/document/container/literacy_chosa/2022/pdf/22literacyr.pdf
2.高等学校「公共」の授業実践紹介
本校では、公共は2年生に設置されています。地理総合、歴史総合の学習を受けてという意味合いもあります。公共は3部構成になっており、金融経済分野は、主として経済に関わる知識・技能に位置づけられています。学習指導要領の「金融の働き」については、その内容が旧科目から継承されるとともに新たにフィンテックなどの新しい金融サービスについても触れられるようになりました。
「現代社会」と「公共」の実践の違いとして、教科間・外部連携を重視しました。個人型確定拠出年金(iDeCo)を例に挙げると、高校1年生の家庭科ではパーソナルな投資について考える部分を中心に授業を行い、2年生の公民科では社会保障などの制度面を中心に扱う形です。詳しくは実践例(注2)を参照してください。
また、外部人材をお呼びし、「起業」を授業に取り入れました。昨年度は一部でしたが、起業コンテストに参加することにも取り組んでいます。厚切りジェイソン氏を迎えて、全校生徒対象の講演会も開催しました。
(注2 ①) ゆうちょ財団(2024)「季刊 個人金融 2024 春」 pp.27-36
https://www.yu-cho-f.jp/wp-content/uploads/2024spring_articles04.pdf
(注2 ②)金融経済教育を推進する研究会・高等学校教科等連携実践事例集制作部会(2024)「高等学校教科等連携実践事例集」
https://www.jsda.or.jp/about/kaigi/chousa/kenkyukai/content/renkeijirei_202406.pdf
(このあと、全11時間の実践例の流れを簡単に紹介していただきました。)
<ここまでの内容についての質疑>
・コンテンツベースの連携だが、コンピテンシーベースで考えた実践はあるか?
→本校で言えば人に伝える力やコミュニケーションを全校の取り組みの中で育成している。アサーショントレーニングを行う「しつけ」にあたる部分は1年生でしっかり取り組むなどしている。
・授業で指導が難しい部分は?
→直接金融(証券会社が介在)と間接金融の違いの理解は生徒にとっては難しそうであった。「○○ゲーム」と名の付く授業は、大変生徒の意欲が高かった。
3.ワークショップ
前述の実践の中では、第3時に市場の失敗を直感的に捉えさせるため、じゃんけんゲームを使った授業実践を行いました。(パーで勝つと11点、グーで負けると1点、ただし、グーであいこだと10点、パーであいこなら2点と設定)これは、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」をモデルとしたものです。ここから、寡占市場の値下げなどにつなげることもあります。
続いて用水路の建設を村ごとにどのように行うかを考える「公共財ゲーム」を行いました。これも、「囚人のジレンマ」を応用したものです。このゲームでは、途中で村同士交渉させたりもしますが、時に自分の村の利益を追究しようとする裏切り行為が見られることや、用水路がいつまでも建設されないパターンに陥ることがあります。これらの学習から、なぜ政府が公共財を提供しているのか、政府の役割に気付かせます。
このような授業をする理由は、「知っていること、正しい知識を持っていること」が大切であると考えるからです。例えば、宝くじは当選金の期待値がマイナスとなりますが、株式は予測ができ、参加者にとってトータルでプラスになることもあります。投資は経済を活性化させ、所得を増やし、社会全体の豊かさの増大につながります。個人の資産運用も投資の一つです。このような知識を得ることも大切です。
ただし、投資をする、しないを個人が選択することも大切なことです。そのことも授業の最後には触れています。
4.なぜ金融経済教育なのか
私の問題意識として、(1)知らないことによる経済格差の拡大、(2)生徒と社会が遠い存在であること、(3)主体的に学び、行動することの欠如、の3点があります。
幸い本校は家庭科教員が多いという特色もあり、多くの教員が積極的に金融経済教育に関わる授業に取り組んでいますが、金融経済教育だけではなく様々な教育を通して、自立・自律した生徒、主体的に人生を切り開く生徒を育てたいと考えています。様々な状況に直面し「考える」のは生徒自身です。生徒が幸せな人生を生きるための教育を目指しています。したがって、公民科の授業では、社会を知る、自分を知る、そしてやってみるの3つのトライアングルサイクルを繰り返すことを大切にしています。
5.私たちも投資家であろう
投資には、「自己投資」と「金融投資」の2つの面があると考えます。よりよい未来を信じる力が投資の原動力と言えます。時間とお金の使い方は一緒で、何に投資しているかを問うことが必要であると考えます。
<質疑応答(抜粋)>
・金融経済教育では、何をどの程度教えればいいか?
→教科書ですべてを教えるのではないことに留意したい。学習を嫌いにならない程度にやっていくことが大切ではないか。
・「金融経済教育」には家庭の影響が大きいという点について、家庭への働きかけはどのようにしているか?
→いまのところあまりできていないが、奨学金の利用について気を付けるような話をしている。
・中学校では金融のしくみにもっと着目したほうがよいのか?
→家庭科等でもライフプランを考えたりできるが、しくみについては社会科以外では教える教科がない。役割を認識して授業することが大切ではないか。高等学校での学習を見通して、何が大切か考える必要があるのではないか。
【記録者の雑感】
塙先生のお話やその後の質疑応答を伺いながら、様々な教科と連携しつつも、社会科でしか教えられないことはきちんと教えるべきこと、教員自身が社会の変化を知ることや授業づくりに対してしっかりと「自己投資」して、授業をブラッシュアップしていく必要性を改めて感じました。また、社会科の授業をよりよくしたいと願う先生方にとって、社会科学習会が引き続き「自己投資」の場となりうるよう、今後も力を注いでいきたいと思いを新にいたしました。
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