第150回 社会科学習会の報告

 第150回社会科学習会は、令和元年7月28日(日)に西新宿の「レアルセミナールーム」で恒例の公開講演会として開催されました。今回は「地図の楽しみ ~地形図から学校地図帳、鳥瞰図まで~」というテーマで、今尾恵介先生(地図研究家、エッセイスト)にお話しいただきました。今回の講演会は東京都金融広報委員会の研究グループの事業の一環として行われました。

 講演では、いろいろな種類の地図や今尾先生が写された地形の写真などをもとに、多様な地図が示す情報の解説がなされました。講演の概要を以下に記します。

 

1.地図とその種類

 地図とは、「世の中の記号化」であるとして、講演の初めに、地図の種類とその内容が説明されました。

【地図の種類とその内容】

① 地形図:長らく地図の主役

② 地理院地図:今はインターネットで閲覧可能

③ 地勢図:地域を概観するための総描で広域を表現した図

④ 学校地図帳:学習用の地図

⑤ レリーフ図:影と高度段差で地形を分かりやすく表現

⑥ 鳥瞰図:鳥が上空から見たように描いた地図

⑦ 路線図:鉄道の路線や駅を描いた図

⑧ 地租改正地引絵図:地目と地番を記載

⑨ 市街地図:市街地の土地利用の図

➉ 土地条件図:地盤の状況が地色と記号で一目瞭然


2.地形図による地形の楽しみ方

 次いで、地形図から地理上の特徴的な地形を読み取ることができることが、豊富な事例で説明されました。例えば「福島県伊達市保原町」の地形図では、河川の蛇行跡が地形から読み取ることができると説明がなされました。その他、以下のような事例が写真とともに説明されました。

【地形図から読み取ることのできる地形の事例】

 ・扇状地(例:甲府盆地)

 ・河岸段丘(例:信濃川中流域)

 ・リアス海岸(例:三陸海岸)

 ・海食崖(例:隠岐の島、西ノ島)

 ・ラグーン(例:八郎潟、阿蘇海)

 ・トンボロ(例:函館)

 ・成層火山

 ・マール(爆裂火口湖 例:男鹿半島)

 ・カルデラ湖(例:洞爺湖と有珠山)

 ・メサ(残丘)とビュート(例:伐株山、六ツ目山)

 ・カルスト地形(例:秋吉台)

 ・石灰採掘で削られた山(例:高知県の鳥形山)


3.地図で土地の変遷をたどる

 今昔の地形図を見ることで、その土地の移り変わりを見ることができます。その事例として、夕張炭鉱が挙げられました。下の四つの夕張の地図を見ると、最初の大正8年(1919年)には、この地域が等高線の入り組んだ山地であることが分かります。それが昭和33年になると、夕張炭鉱の興隆に従い人口が増加、市街地が形成されます。ところが、炭鉱の没落とともに集落はまばらになり(平成4年)、平成30年にはダム湖になります。講演では「学園都市~国立の成立~」という事例も紹介されました。


4.戦前に流行した沿線案内図

 次いで、大正時代後半から戦前の時期に流行した、沿線案内図が紹介されました。沿線案内図とは、第一次世界大戦後の好景気及び鉄道輸送の成長に伴い、サラリーマンが増加し、その余暇を過ごす「お出かけ」のために作られた地図です。代表的な鳥瞰図画家は吉田初三郎で、その特徴は重要な事物をデフォルメする手法にあります。

 例えば、下の図は京王電軌からの依頼で作ったもので、ポイントとなる「京王閣」が手前に大きく描かれ、京王線沿線のどこからでも来ることができるように描かれています。他方、ライバルの国鉄は北の山沿いに小さく描かれています。

(資料:今尾先生作成)

管理人追記:吉田初三郎の描いた鳥観図が,「京都府立京都学・歴彩館 京の記憶アーカイブ」内に所蔵されています。


5.学校地図帳を楽しむ

 学校の地図帳は、地形図にはない、その地方毎の特色がイラストで描かれているのが特徴です。例えば、国東半島のデジタルカメラの生産や鯖江の眼鏡などがあげられます。また世界遺産やラムサール条約登録湿地の表記も教科書らしいものであると言えるでしょう。


6.地図が隠したもの―それを暴くもの

 以下は立川付近の「戦時改描」の例です。本来の地図には、陸軍の立川飛行場の場所が示されています。しかし戦時になると、軍事施設や鉄道の操作場、発電所など重要施設は、書き換えられることになります。戦時改描された地図では、飛行場が桑畑に、線路の鉄橋もただの線路に書き換えられているのが分かります。

(資料:今尾先生作成)

 このように日本軍の指導のもと地図の書き換えが行われたのですが、アメリカ軍はスパイ等を使用し詳細な地図を作成していました。テキサス大学図書館(University of Texas Libraries)の「japan city plan」を見ると、「エンジン試験場」や「最終組立工場」など工場の詳細まで知られていたことが分かります(該当資料は、http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/txu-oclc-6549645-05.jpg)。


7.地図で災害をたどる

 過去からの地形の変遷をたどると、その土地の災害やその被害の様子がよく分かります。千葉県浦安の1932年の埋め立て前の(まだ漁村だったころの海岸線が分かる)浦安、埋め立てで市街地になった浦安、東日本大震災における浦安市の液状化の被害の様子がわかる浦安の地図を比較すると、埋め立て地と液状化の被害が結びついていることがよく分かります。

 また講演では、平成30年の広島豪雨災害と八木町の地形の分析、三宅島で雄山噴火後に住宅街が南下している様子など興味深い事例が紹介されました。


8.人知れず「真実」を語る地図

 地図は、現代話題になる場所の来歴を考える上で、貴重な情報を提供することもあります。古い地図や空中写真・衛星画像を用いると、その土地に隠された真実が浮き彫りになってくることに気付かされました。関連して、土地条件図を見ると地盤の状況が地色と記号で一目瞭然となることについて説明がなされました。土地条件図とは、主に地形分類(山地、台地・段丘、低地、水部、人工地形など)で色分けした地図で、これも国土地理院のWEBサイトで見ることが出来ます。


 最後に今尾先生より、地図は、「人間の暮らしの全面が載っている」ものであり、文章にすると長い説明になる事象が「シンプルに立体的に示すことができる」ものであるという言葉がありました。

 本公演会では、多数の地図の見方、その地図が示すことについて、豊富な事例を交えてお聞きすることができました。自分の地域での応用によって、生徒の興味・関心を引く多くのアイデアを得ることができました。

(記:江戸川区立中学校教諭 K先生)

社会科学習会ホームページ

社会科学習会は、若手教員を中心に、中学校社会科の指導法や教材開発等について学びを深めたい人たちが集う会です。会長の峯岸誠先生(元 玉川大学教授、元全中社研会長)、岩谷俊行先生(元全中社研会長)のもと、東京都内で基本的に月一回定例会を開き、年に一回は巡検を行っています。学習会への参加は随時受け付けています。社会科の力を付けたい先生方、一緒に勉強しましょう!

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