第209回学習会の報告と次回以降のご案内

 第209回社会科学習会は、2月14日(土)に新宿区立牛込第一中学校を会場として行われました。今回は、東京学芸大学附属世田谷中学校の金城和秀先生に「社会認識の深化を目指した公民的分野における単元開発の実践研究―『個人の権利と社会善』の視点を手がかりに―」 という主題で実践発表をしていただきました。

 金城先生は、杉並区と港区の区立中学校に勤務した後、東京学芸大学附属世田谷中学校に勤務されています。2011年の全中社研東京大会の公民的分野で公開授業を行い、都中社研研究部員として公民専門委員会の活動を推進しています。今年度は、教職大学院に在籍され研究を深めています。学習会では、教職大学院で研究されていますことと、その実践について発表していただきました。以下、その要旨を報告いたします。

1.これまでの研究と問題の所在

 勤務校では学校研究として、情報活用能力を育むモデル単元開発が進められてきた。これを踏まえ、社会科では SEL(Social Emotional Learning)の視点を取り入れた学習を試行した。

 その際、学習課題に対して「資料・統計等に基づく合理的で根拠ある解答」を「最適解」と捉える一方、関係者(ステークホルダー)の立場・感情・利害を踏まえ、より多くの人が受け入れ可能な形へ調整された解答を「納得解」と位置付けた。ただし納得解の構築は難度が高かった。地理・歴史・公民のいずれの授業でも、議論が収束せず焦点が定まらない場面が見られた。また、教室内で合意形成された結論が「本当に多くの関係者にとって納得可能な解なのか」という妥当性の判断が難しく、納得解の質を保証しにくいという課題が残った。

 最適解・納得解の検討には、それを支える「社会認識」(事実認識+価値認識)の形成・育成が不可欠である。現代社会の課題は複合的であり、単一の概念や視点では本質や影響を捉えにくい。ゆえに、単元横断的に現代的事象を教材化し、複数の見方・考え方を働かせながら社会認識を形成していくことが必要である。そこで本研究は、社会認識の深化に研究の重点をおいた。

2.研究の目的

 研究の目的は、中学校社会科公民的分野において、政治と経済を融合した横断単元を開発し、学習者が複数の見方・考え方を活用しながら社会認識を深める授業実践を行い、その効果を検証することである。特に、学習指導要領が示す「見方・考え方」に加えて、本研究独自に「個人の権利」と「社会善(共通善)」 という視点を取り入れ、公共性や合意形成の困難さを扱う場面を意図的に設計する。これにより、社会的課題を多面的・多角的に捉え、よりよい社会の構想に向けた判断力・認識を深めることを目指す。最終的には、①横断単元の有用性、②「個人の権利と社会善」という見方・考え方の有用性を明らかにする。

3.研究の方法

 研究は次の手順で進めた。

1.先行研究を基に、社会認識と社会的な「見方・考え方」の関係を整理し、理論枠組みを明確化する。

2.社会認識を深める「見方・考え方」として「個人の権利と社会善」の位置付けを検討する。

3.公民的分野の課題を基に政治と経済を統合した横断単元を設計する。

4.所属校で授業を実施し、教育効果を検証したうえで成果と課題を考察する。

4.単元開発と実践

 本研究では、政治と経済の相互作用を捉える題材として、「アテンション・エコノミーと民主主義」を統合した横断単元を開発した。両者の関係を扱うことで、現代社会の複雑性の理解、デジタル民主主義の課題の把握、メディア・リテラシーや政治参加意識の育成にもつながると考えた。この理論に基づき、全6時間の授業実践を行った。

① 単元全体の設計と導入(第1時)

 本単元は、公民的分野の政治と経済を横断し、「アテンション・エコノミーと民主主義」を題材として全6時間で構成した。教職大学院在籍中に所属校(世田谷中)へ戻り、3年生の協力を得て授業実践を行った。

 単元を貫く学習課題は、冒頭で明確に提示した「より良い民主社会のために、私たちと社会の関係性はどうあるべきか」と設定し、単元終了後には、この問いに基づくレポートを作成することも最初に予告し、学習の見通しをもたせた。

 導入の活動として、学校紹介動画を教材化し、「動画サムネイルを作る」シミュレーション学習を行った。生徒はロイロノートでサムネイル案を提出し、全体で共有した。ここでの狙いは、あえて誇張や煽り、場合によっては「嘘」に近い表現が生徒から出てくる状況を引き出し、注目(アテンション)を獲得するために内容や質が変化する現象を当事者的に体験させることである。実際に「偏差値80の学校」等の誇張表現が現れ、笑いを伴いつつも「注目を浴びることが最優先になりやすい」ことが言語化された。

 第1時の終末では、生徒の素朴な疑問(「なぜ注目が優先されるのか」)を次時へつなげ、市場経済の学習で説明できるという見通しを示して授業を終えた。

② 市場経済の理解(第2時)

 第2時は、「注目が優先される経済」を理解する基礎として、市場経済の仕組みを扱った。ここではシミュレーション学習として、「ラーメン店を開業し、価格を設定する」活動を行った。設定として、店舗の土地・建物は格安提供、初期投資(調理器具・内装等)は120万円とし、生徒は店主としてラーメンの内容を描き、価格を決め、互いに共有した。焦点は「なぜその価格にしたのか」という理由説明に置いた。

 活動を通して、価格決定には原材料費だけでなく、人件費・光熱費・家賃等の経費が関わり、利益が残らなければ事業が成立しないことを体感させた。あわせて、一般的な原価率(目安30%)や、原価・粗利から利益が生まれる構造を整理し、利益を上げる工夫(コスト管理、特に固定費/変動費の捉え方等)にも触れた。さらに、アテンション・エコノミーを説明する鍵概念として希少性を扱った。動画教材や実物教材(流行商品の事例)を用い、希少性が価値や価格に影響することを確認した上で、次の説明へ接続した。

③ 学んだ経済概念でアテンション・エコノミーを再説明(第3時)

 第3時は、第2時で学んだ概念(需要・供給、希少性等)を活用し、アテンション・エコノミーを「説明できる」状態にすることをねらった。

 要点は、情報が過剰な高度情報社会において、受け手の注意は限られた資源であり希少性を持つため、発信者は他の情報との差別化を図って注目を集めようとする、という構造である。結果として、内容の質や信頼性よりもクリックを得られる刺激性が優先され、誤情報であっても経済的利益を生み得る、またアルゴリズムやAIの推薦によって「クリックされやすい情報」が優先表示されることは利便性をもたらす一方、問題も生むことを確認した。

④ 民主主義の再検討(第4時)

 第4時は、アテンション・エコノミー下での投票・意思決定を問いとして提示し、民主主義を学び直した。まず「民主主義とは何か」を生徒に記述させ、教科書的定義(自分たちの問題を自分たちで解決する)を確認した上で、民主主義を「普通の人々の声が政治に反映される制度・実践」として整理した。

 次にリサーチ学習として、「民主主義という制度はあなたにとって何点か」を問う活動を行い、評価の視点として効率と公正を提示した。歴史的な観点も含めて調べ、得点化と理由付けを行わせた。さらに、民主主義の実現には制度だけでなく、個人の政治参加意識、責任ある行動、ルールの尊重、対話による解決等が必要であることを、民主主義指数のデータを用いて確認した。数値の比較により、生徒は「日本の中で相対的に弱い要素」に注目し、制度と担い手の関係を具体的に捉え直した。

 この段階でも、研究の枠組みである 「個人の権利」と「社会善」 の両視点を往還させながら、民主主義を支える条件を検討させた。

⑤ 民主主義への影響分析(第5時)

 第5時は、学習課題を 「アテンション・エコノミーによって民主主義はどのような影響を受けるのか」 とし、情報環境の構造的問題を扱った。具体的には、フィルターバブルやエコーチェンバーが、アテンション獲得を優先する仕組みと結びつき、情報の偏りや意見の増幅、他者排除、社会の分断を招きうることを整理した。

 ここでは、学校での情報モラル指導が「気をつけましょう」で終わりがちであるのに対し、仕組みの理解があって初めて対策を考えられるという学習価値を明確にした。そのうえで、グループワークとして 「民主主義を守るために、国家は情報空間に介入すべきか」 を討議させた。生徒から多様な意見を引き出し、歴史的観点とも関連付けながら論点を整理した。

⑥ 単元のまとめ(第6時)

 単元のまとめとして、「よりよい民主社会のために、私たちと社会の関係はどうあるべきか?」というテーマで論述を行わせた。評価の基準は以下のとおりである。

A 今まで学んだことを根拠にして、個人の権利と社会善の視点から自らの考えを述べることができ、かつ、自らの生活や社会と関連付けて、主体的に社会と関わろうとする意欲が見られる。

B 今まで学んだことを根拠にして、個人の権利と社会の視点から自らの考えを並べることができている。

C 今まで学んだことを根拠にして、1つの視点から自らの考えを述べることができている。

D 今まで学んだことを根拠にして、自らの考えを述べることができていない。

5.検証授業の分析及びまとめと課題

 検証授業は令和7年の10月下旬~11月上旬にかけて実施し、対象学年は3年生、4クラスで実施した。分析対象としたのは以下の3点である。

・授業前アンケート  ・単元のまとめに行った論述課題  ・投業後アンケート

 研究の成果としては、以下の二点があげられる。第一に「政治と経済を合わせた単元の有用性」がアンケートや論述の成果から達成されたことが確認できた。第二に、「アテンション・エコノミー」と「民主主義」を同時に学ぶ単元を構成することで、生徒にとって学ぶ意義を感じさせることや現代社会の特色を深く捉え、自分事に引きつけて考察することができたと考えられる。

 論述課題の評価から考えられる課題は、以下の二点である。第一に、個人と社会を捉えるために設定した倫理的な視点を含む「個人の権利と社会善」という考え方について、さらに学習活動の工夫が必要である。第二に、単元を貫く問いの設定について、単元を貫く問いの抽象度が高く、生徒自身がどのように学習した内容を活用すればよいのかがわかりにくかった点である。

6.報告を聞いて(記録者より)

 政治単元の民主主義と経済単元の企業経営、需要と供給、アテンション・エコノミーを統合した意欲的な発表であった。各時間、生徒の興味・関心を引き付け、議論させる工夫が随所に見られた。公民の単元ですぐにでも授業で取り入れられる教材が参考になる。例えば、学校紹介動画の「サムネイル」を作らせ、そこから過度に注目を引かせる例を引き出す、「世界一うまいラーメン」を作る活動から需要・供給や原価計算を生徒に考えさせるなどである。

 質疑の中では、政治単元と経済単元を並行して行うことで、政治課題と解決のためのコストに目をむかせやすくなる、という指摘がなされた。また「公共善」の考え方に対して、「公共の福祉」とは異なるのかという概念面での質問もなされた。

 本報告は、参加者の各先生方に多大な刺激を与えた。私自身も新たな政治課題や経済上の問題を取り入れた授業を行っていきたいと思う。


次回の社会科学習会は、第210回目です。

日時:3月14日(土)15時~

会場:新宿区立牛込第一中学校

内容:講演「私と社会科教育〜福井県の教育と幸福度から考える〜」

文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程総括係   吉川あき子先生

年度末処理のお忙しい時期ではありますが、次回もぜひご参加ください。

社会科学習会ホームページ

社会科学習会は、若手教員を中心に、中学校社会科の指導法や教材開発等について学びを深めたい人たちが集う会です。会長の峯岸誠先生(元 玉川大学教授、元全中社研会長)、岩谷俊行先生(元全中社研会長)のもと、東京都内で基本的に月一回定例会を開き、年に一回は巡検を行っています。学習会への参加は随時受け付けています。社会科の力を付けたい先生方、一緒に勉強しましょう!

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