2025年11月22日(土)に,第206回社会科学習会が新宿区立牛込第一中学校で開催されました。今回は,11月13日(木)・14日(金)に開かれた,第58回全国中学校社会科教育研究大会大阪大会で研究発表者を務めた,東京都中学校社会科教育研究会の地理専門委員会副委員長白澤保典先生と齋藤卓也先生に発表を再現していただきました。
全中社研大阪大会は、大会主題を「一人ひとりの未来につながる社会科の創造~問い・探究、そして参画~」として、社会参画力を育む授業の在り方について研究したことが発表され、研究協議が行われました。都中社研地理専門委員会の研究発表は、2日目の午後、「主体的に社会とつながり、よりよい未来を創造する社会科学習」~地理的な見方・考え方を働かせる授業デザイン~という主題で行われました。その要旨を報告いたします。
〇全中社研大阪大会発表「主体的に社会とつながり,よりよい未来を創造する社会科学習」
1.理論編(白澤保典先生から)
グローバル社会の大切さや価値を認めながら,社会とつながり,よりよい未来について主体的に考察・構想していくことができる生徒を育てることが本研究の目標です。
そのための手段として,ESDの方法論を取り入れた研究を進めてきました。持続可能な社会の担い手を育成することは,学習指導要領前文や総則にも示されています。社会の課題を自分事として捉え,地理的分野の最終単元である「地域の在り方」に至るまでの様々な単元においてESDの方法論を活かしていくことで,(身近な)地域のよりよい未来を主体的かつ多面的・多角的に考察・構想できる生徒を育成できると考えました。
そのために今年度は,地理的な見方・考え方を働かせた「未来予測」を組み込んだ学習(単元)デザインに注目しました。単なる思い付きではなく,学習した知識や資料から得られる情報を読み取る技能を活用し,地に足の着いた考察を積み重ねていくことで,空間的に社会(地域)を捉える力を育成するとともに,未来予測を通しての選択・判断の経験の積み重ねを通して,よりよい未来を創造できる生徒を育成することを目指しました。
この単元デザインのためには,まず教師自身が地理的な見方・考え方を働かせて地域を分析し,中核となる事象を選定し,動態地誌的な学習となるように学習内容を構成していきます。事象間の関係性(地域の構造や機能,推移)に着目し,単元構造図にまとめることも有効な手段です。このような過程を生徒に追体験させることで,事象同士の関連に気付かせることが可能です。
次に,未来予測を含んだ単元を貫く問いを設定します。この問いの解決を目指した学習活動を積み重ねていくことで,地理的な見方・考え方を働かせて地域を捉えさせるとともに,地理的な概念を獲得させ,最終的に未来予測をさせることが意図的・計画的に実施できます。
ここで,地理的な見方・考え方とは,平成20年版の学習指導要領解説から示されている①位置や分布,②場所,③人間と自然環境との相互依存関係,④空間的相互依存作用,⑤地域のことです。社会的事象を空間的な配置に留意して捉え,地域の環境や他地域の結びつきなど人間の営みとの関わりに着目し,追究し捉えることを指しています。
2.実践編「九州地方」(齋藤卓也先生)
日本の諸地域の始めの単元として設定しました。自然環境を中核とし,「九州地方は自然環境をどのように活かしているのだろうか」という単元を貫く問いを設定しました。そして,第5時の活動から逆算して逆向きに単元設計を進めました。単元の追究課題として,気象災害(特に洪水や土砂災害)を取り上げ,第5時に自然環境を生かした産業への影響を考えさせ,未来予測をさせることとしました。
・第1時では,九州地方の自然環境の特色を東京の雨温図と比較したり,主題図を活用して降水量が多い地域を確認したり,火山の分布を確認しながら進めました。また,九州地方が大陸に近い位置であることに気付かせ,歴史的事象とも関連付けながら「場所」「位置や分布」「空間的相互依存作用」の見方考え方をはたらかせることができました。
・第2時では,景観写真を活用し,九州地方の北部と南部の農業の違いについて考察させ,東京への出荷の様子から,促成栽培などの特色ある農業の工夫について学習しました。
・第3時では,工場の種類や分布を分布図から読み取るとともに,熊本県に新設された半導体工場がなぜ熊本に作られたのかを考察していきました。
・第4時では沖縄を取り上げ,第三次産業が盛んな背景を,人間と自然環境との相互依存関係を中心に考察していきました。
・最後の第5時で,豪雨災害の増加,猛暑日の増加,海水温の上昇の資料から把握させ,これらの気象災害の増加は,九州地方の人々の生活にどのような影響を与えるかを考察(未来予測)させました。
実践の成果と課題として,次のことが挙げられます。
・生徒の記述内容から…約7割の生徒が,気象災害が農作物の生産量の減少につながると考えており,これは「人間と自然環境との相互依存作用」の見方・考え方を働かせて考察していたと言える。しかし,東京の市場との関わりの視点で考えている生徒は少なく,空間的相互依存作用の見方・考え方を働かせている生徒は少なかった。
・ほかにも,海水温上昇による沖縄のサンゴへの影響と観光への悪影響の関係,豪雨の増加と半導体生産および地下水の関係など,「人間と自然環境との相互依存作用」の視点で未来予測をしている生徒が多かった。しかし,「豪雨の回数が増えることで地下水が確保され,半導体生産が盛んになる」など,論理に飛躍がみられる生徒もいた。
3.総括(白澤保典先生)
全体の成果として,地理的な見方・考え方を働かせて地域をとらえる力が高まり,地理的な未来予測をすることができたことが挙げられます。課題として,思考の深まりが不十分な生徒の様子が見られたことが挙げられます。特に「空間的相互依存作用」を働かせる授業デザインの検討を今後さらに進めていくことが必要ではないかと考えます。
4.質疑応答
・ESDについて:未来のことを考えることが強すぎると,現在の(経済的)ニーズを満たさない可能性もあるのではないか。そのあたりをどのように気を付けているのか。
・地域構造図について:地域的特色を見出す際に,どのような工夫が考えられるか。
・全国大会ではどのような質疑があったか? ⇒小関調査官にも取り上げてもらえた。地理の授業に必要な見方・考え方を活かしている研究であるとの認識。
・考察・構想に向けて,生徒にどのような価値判断基準が身についていくのか。どのような価値で判断をしていったのか。価値の問い直しなどは行われたのか。
・単元の逆向き設計が,生徒にも意識されていたか。第5時に追究課題が提示されているが,唐突に追究課題が出てきたように感じた生徒はいなかったか。⇒単元を貫く問いに災害を入れることでのデメリット(危険な地域との誤解を生まないかどうか)を勘案した。第3時などで若干災害について触れておいたところもあった。また,生徒が豪雨災害などの関心をもっていた。
・研究構想図について,「自分事」の位置づけはこれでよいのか。
・小中高の連携については,どの程度研究の視野に入っていたか。中学校らしさをどのような方法論で担保できるか(例えば,3分野連携などの視点など)。
最後に,全中社研大阪大会に参加した会員の皆さんから,各分野の授業等の様子についても報告していただきました。
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