第191回学習会の報告

 第191回社会科学習会は、令和6年4月13日(土)に新宿区立牛込第一中学校において行われました。今回は、寿司海苔問屋 株式会社 田庄の取締役社長、田中洋一氏を講師にお迎えし、「江戸前の水産業~海苔の栽培の歴史、流通、現状など」を主題として講演をしていただきました。

 田中氏は現在、大田区で海苔の問屋をされている社長さんで、問屋としては3代目になりますが、海苔に関わる仕事は先代を辿ると江戸時代からされているとのことです。お忙しい中時間を割いていただき、食品としての海苔、その背景にある温暖化の影響など興味深い話を聞かせて いただきました。以下、発表概要です。


1 海苔の歴史

 海苔の歴史は古く、文献では『常陸国風土記』の中で登場しています。海苔については、日本武尊の時代においてのことに書かれているので、4世紀前後、もしかしたらそれ以前の縄文時代頃から食べられていたのではないかと考えられます。701年の大宝律令では貢物として全30種の中で最高位の品とされていました。

 昔から食べられていた海苔は、わかめやもずくなどの海藻に近い形でした。昔は、海岸に打ちあがったものを潮が引いた後に回収し食べていたようです。現在も同じような方法で出雲の方では製造しているらしいです。30gで20,000円程度のものでした。現在の海苔が1枚あたり30円なので、それと比べると非常に高価なものだったことが分かります。徳川家康の時代に、魚を捕獲するため「粗朶(そだ)」と呼ばれる枝つきの木や笹つきの竹などを浅瀬に立て、ひび(柵囲い)を作りましたが、そこに海苔が付着することに気が付き、養殖方法を確立し、将軍家は、芝や品川、大森で生産を奨励しました。

 戦後まで、同様の獲り方が続きましたが、海苔が獲れる時期(漁期)は、10月から(現在は温暖化で11月頃から)の寒い時期でした。戦前は、海苔の胞子がどのようになっているか解明されていませんでした。これをイギリス人のキャスリーン・メアリー・ドリュー=ベーカー女史が解明し、人口採苗の方法が確立され、大量に作る海苔の養殖の礎になりました。戦後発見されたこの養殖の方法が日本にも導入されました。

2 現在の生産方法

 まず、海苔の胞子がついた海水に牡蠣殻を漬けて、それを網に括り付けます。次に、それを海に沈めると、蛎殻に着いた海苔の胞子が海苔網に付着し、成長していきます。

 海苔の獲り方は、「支柱式」と「浮き流し式」の2種類があります。「支柱式」は浅い海中に支柱を立てそこで海苔を育てます。海苔は光合成をするため、干潮時は海上に出て日光を浴び、満潮時は海に浸かるようにしています。最後は、支柱に伸びた海苔を船で刈り獲ります。この方法は、支柱の間を通るために大きな船が使えません。支柱の間を通れる船を新造するには、約6000万円かかるため、なかなか新たに更新するのは難しいというのが現状です。「浮き流し式」は支柱が立てられない深い海などで行います。網に浮きをつけて、養殖します。この方法は、船ごと網の下に潜って獲るため、1人で獲ることができますが、新海苔などのやわらかいものはきれいに獲ることができないというデメリットもあります。

 最初の海苔は「新海苔」といい、やわらかくておいしいものになります。赤ちゃんの髪の毛のように、やわらかく伸びにくいため、ゆっくり海の栄養が海苔に蓄えられています。しかし、漁期の最後の方の海苔は、固くなり味もなくなっていきます。こうしたものは、ラーメン等に載っている海苔に使われます。

 焼き海苔ができたのは前々回の東京オリンピック(1964年)以降です。収穫され乾燥された海苔を工場で2次乾燥させるために折って100枚の束にして輸送する方法が現在もとられています。

3 私たちの仕事

 乾燥した海苔は各地の検査場に送られ、一等級から七等級までに検査された後、入札に進みます。入札では、他の人に知られないように符丁を使いながら行う方法がとられています。

 落札した海苔は、焙炉(ほいろ)と呼ばれる装置を使って自社で二次乾燥を行い、10%程の水分量を2%程にするように焼きます。微妙に調整しないと縮れてしまいます。縮れてしまうと、海苔に小さい穴があいてしまうため、そうならないように工夫しています。

 最終的に焼いた海苔の切れ端等は、きざみ海苔などに活用するため、余すことなく全て使うように工夫しています。

4 現在の問題点と今後

 海苔の生産量は、年々減少しています。2012年度は約80億枚獲れましたが、現在は50億枚を切っています。今年も不作で、約45~50億枚になっています。また、平均単価もこの10年で約2倍になっています。不作の年は、当然良質な海苔も不足し、値段も上昇しています。海苔が高くなっていくと、「海苔はなくてもいい」になりかねません。そうならないように、海苔の値段を上げることには慎重になっています。

 千葉県では、海水温の上昇に伴い、海苔の「食害」問題がおきています。水温が高いために、冬場も魚の活動が活発になり、魚が一年中活動するためのエサを求めて海面の海苔の養殖場にやってきて、海苔を食べてしまうという被害がおきています。

 ゲリラ豪雨等の行き過ぎた雨もおこると、栄養不足で二枚貝が死滅してしまい、海苔と栄養を競合しているプランクトンを食べてくれる二枚貝がいなくなることで、栄養失調の海苔になってしまいます。

 どの分野でも同様ですが、後継者不足による生産量の低下、人件費や輸送コストの高騰などによって値上げし、今後皆さんの「海苔離れ」が進んでしまうことが懸念されています。

<実物見学・質疑等>

 講演の途中では、実際に焼く前の海苔と焼いた後の海苔、さらにホテルで出す高級な海苔を比較して見せて頂き、違いを体感しました。お話にあったように、色味の違うものや小穴のあいたものなど、様々な種類の海苔を見せて頂きました。寿司屋に使われるような海苔や漁期後半に獲ってラーメンなどに使う海苔など、実物を見学し、違いを実感しました。

 貴重なご講演の中で、時間をとって頂き、皆さんからの質疑応答を行いました。

Q.海苔は現代同様、何かと一緒に食べていたのですか?または海苔単体で食べていたのですか?

A.現代と同様に何か一緒にと食べていたか、または海苔の佃煮のような形で食べていたのではないかと思います。実際のところは資料が不足しており、詳細は分かっていません。

Q.日本の海苔だけでなく、最近は「韓国海苔」を聞くことが多い。実際に、日本以外に他の国々、韓国ではどの程度とれるのか?

A.現在は韓国が最も海苔を獲っています。日本よりも非常に多く獲れているという現状があります。

Q.海苔の歴史の点で、イギリスの方が人工採苗の方法を確立したとありましたが、イギリスと海苔にあまり結びつく印象がありません。イギリスの方でこうした海藻の栽培をしたのはなぜでしょうか?

A.実はイギリスでも海藻は獲れています。伺った話ですが、ベーカー女史は実際に日本に来たわけではないようですが、ベーカー女史の方法を熊本大学の先生が聞き、広まっていったそうです。


5月の学習会は、ミニ巡検を行います。ふるってご参加ください。

社会科学習会ホームページ

社会科学習会は、若手教員を中心に、中学校社会科の指導法や教材開発等について学びを深めたい人たちが集う会です。会長の峯岸誠先生(元 玉川大学教授、元全中社研会長)、岩谷俊行先生(元全中社研会長)のもと、東京都内で基本的に月一回定例会を開き、年に一回は巡検を行っています。学習会への参加は随時受け付けています。社会科の力を付けたい先生方、一緒に勉強しましょう!

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