第 156 回学習会の報告

 第 156 回 社会科学習会は、令和2年2月 22 日(土)に新宿区立牛込第一中学校で開催されました。今回は、「歴史学と歴史教育:歴史学者の視点と社会科教育」というテーマで、濵田英毅先生(玉川大学教育学部准教授)にお話しいただきました。

1 はじめに

 まず、濵田先生が、どういう発想で考えているかをご自身の来歴から明らかにされました。

○大学、大学院を出た後、仕事がない中で、ガソリンスタンドでバイトをしていた時に、経験との関係づけをする「応用」、蘊蓄で話す「分析」と関連付けてそのうえで一般化する「総合」などの、ブルーム型「認知タキソノミー」を実感・活用したこと。

○大学教員になってから、そのブルーム型「認知タキソノミー」を用いて、自己課題が含まれ当事者意識があるかなど、教育実習の日誌の分析研究を行ったこと。

○時代像の理解のために、表現されたものを説明する「読み取り」はよく行われているが、それに対して濵田先生は、政治・経済・文化の比較や因果関係を矢印でつなぐなど、できごとを図解して表現する「書き出し」を行ったこと。

 これらの先生のご経験をふまえながら、歴史学と歴史教育をどういう発想で考えているか本論に入っていきました。

2 オーセンティック・ラーニングとの関連

 次に、オーセンティック・ラーニングとの関連から歴史学の知見による歴史教育の検討について、話をされました。

○「オーセンティック・ラーニング」とは、「真正な」学びといわれるが、濵田先生は、主体的・対話的で深い学びの「深い学び」にあたる「オーセンティック」という言葉の使い方として、ラグビーのジャージを例に説明された。(選手が着ているものは、選手の体にジャストフィットして、生地も堅くして、相手に引っ張られないようになっている。この選手用のジャージをオーセンティックジャージといい、一般向けのグッズはデザインを真似したレプリカジャージという。)

○全国学力・学習状況調査の平行四辺形の面積を求める問題の正答率は 96%なのに対し、平行四辺形の公園の面積を求める問題の正答率が 18%しかないことを示され、公園の面積を求める問題が現実社会に当てはめて考える「オーセンティックな問い」であり、多様な情報から必要な情報選択する力(読解力)が必要。

などと、具体的な例をあげて説明され、理解することができました。

そのうえで、歴史教育の文脈で、「オーセンティックな問い」を考えると、どのような問いになるか、江戸時代の三大改革を例に説明されました。

○いわゆる従来の設問では、「江戸時代の三大改革の名をあげよ」となり、江戸時代の経済政策を理解したか確認する問いになっていない。

○「江戸時代の享保の改革、寛政の改革、天保の改革は、田沼意次の改革と区別されて三大改革と呼ばれている。この3つの改革の共通点は何か、述べよ」となると、社会構造や政策面での内容の理解は深化した問いになっているが、まだ「オーセンティックな問い」としては足らない。

○「オーセンティックな問い」としては、「1801 年、あなたが幕府の老中だったら、どのような改革をするか述べよ」となり、現実社会に当てはめて考える当事者として考える問いになる。この問いは、当時の状況を分析し、そのうえで、政策課題を考えるものとなる。

○現在から過去を見る視点は、「今の価値観から理解する」視点と「当時の価値観を理解する」視点の2つあるが、そのうち、「当時の価値観を理解する」ためには、当時の人が直面した問題を把握させる過程を通して、当事者として歴史を見させることが必要。その上で、現代の我々が、現在の価値観で当時の問題について解釈(評価)することが大切で、現代の視点から、どう感じるかで済ませるだけでは、教科の本質に迫らない。


3 当事者としての思考に必要なこと

 続いて、当事者として考えるために必要な知識や考えるための視点は何か、歴史学の視点から考えた話をされた。

○システム思考の氷山モデルで考えると、氷山の見える部分は、表層的な「出来事」(第一層)であり、その背景には、他の出来事とのつながり(因果関係)が歴史の展開・流れ(「行動パターン」(第二層))として潜んでいる。さらに、いろいろな因果関係が、立場によって複雑化した見えない全体像(第三層)が実際の社会「構造」としてある。

 そして、その構造をもたらしているのは、時代の雰囲気(イメージ)や人の行動の理由など「意識・無意識の前提」がある。社会を出来事だけでとらえるのではなく、全体的にシステムとして捉えることが当時の社会を理解することにつながる。

 

○具体的な歴史教育で考えると、従来は、出来事を歴史用語として理解し、その用語をつなげて、歴史の展開や因果関係を説明し、どういう時代かビジョンを描き時代の大きな構図を描き、様々な時代的要素の複雑な関係性を総合するという氷山の上から段階的に学習してきた。しかし、氷山の下から課題解決的にフィードバックして検証する勉強法も考えられる。なぜそう書かれているのか時代を象徴する資料を調べる方法や、なぜそれが起きたのか、なぜそのように行動したのか時代を象徴する出来事や人物を取りあげる方法がある。

 この学習を行うためには、様々な問題点がある。史資料を読み取る力としての言語力を育成しつつ、歴史の力を育成しなければならない。新学習指導要領の資料にもあったように「対話的な学び」とは、人と対話するだけでなく、先哲との対話、文字を通しての対話など本と対話することも含まれる。言語力を育成し、「対話的な学び」をすることで必要である。

○追究したことを可視化し、考えを深めるための方法として、総合的な学習の時間の学習指導要領の解説にある「考えるための技法」が参考になる。また、社会科の見方・考え方も、小学校の段階のものがすべての分野につながる基盤であり、中学校・高等学校とその難易度が上がっていく構造になっているので、学習内容に合わせて、それらの見方・考え方を多様に働かせていく必要がある。また、思考コードを用いるなどして、学習の問いがどのような力を付けようとしているか意識しなければならない。


4 具体的な歴史教育の実践例

○1つ目は、写真や絵画などのイメージの提示から、資料の検証・追究を行わせ、振り返っていく学習である。造幣寮創業式の写真から明治新政府の国づくりを考えさせたり、ミズーリ号の写真からアメリカや日本が狙ったことを考えさせたりする実践例が紹介された。

○2つ目は、年表を使用した学習である。出来事が羅列されただけの年表も、主題を設定し、分類することで、面白く読めるようになる。例えば、東大寺の大仏を主題に、飢饉、仏教など当時の社会状況で年表の内容を分類し、それを比較することで、当時の時代状況を読み取っていく実践例が紹介された。

○3つ目は、歴史の構造図をつくる学習である。比較や因果関係を矢印などでつなぎ、出来事を図解することで、時代像の理解を深められるようになる。

○4つ目は、観光学部の日本史学習の事例として、鎌倉でのアンケート実施など、現地での経験・実感を通して学ぶ歴史学習の例を紹介された。


 終わりに、歴史学の立場から考える歴史教育について話をされた。

 歴史資料やデータ等の読み取りを通して、当時の社会構造の仕組みを理解することにより、現在の社会構造を自ら読み取る力が備わり、公民的分野で伸ばしたい力の育成につながる。本来のオーセンティック・ラーニングとは、アーカイブズへのアクセス能力を含む主体的な市民の育成であり、日本にありがちな教室内の閉じた指導法ではなく、社会で生きていくための外に広げられた指導法である。


5 まとめ

 最後に、濵田先生の講演全体を通して、感じたことを書きたい。

 都中社研歴史専門委員会では、「構想」の学習の充実において、歴史的分野の学習全体で繰り返し「構想」の学習を行う必要性があると考え、過去のある時点における「構想」をどのように学習するかを研究している。歴史の当事者として考えることが「オーセンティック・ラーニング」につながること、また、当時の人が直面した問題を把握したうえで、現代の我々が、当時の問題について評価することなど、授業実践から検証してきた内容が、濵田先生の研究内容によって補強されたと感じた。今後の研究につなげていきたいと思う。

 (記録:武蔵村山市立中学校 M先生)

社会科学習会ホームページ

社会科学習会は、若手教員を中心に、中学校社会科の指導法や教材開発等について学びを深めたい人たちが集う会です。会長の峯岸誠先生(元 玉川大学教授、元全中社研会長)、岩谷俊行先生(元全中社研会長)のもと、東京都内で基本的に月一回定例会を開き、年に一回は巡検を行っています。学習会への参加は随時受け付けています。社会科の力を付けたい先生方、一緒に勉強しましょう!

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