第199回学習会の報告

 第199回社会科学習会は、1月18日(土)に新宿区立牛込第一中学校で開催され、東村山市立東村山第四中学校の白澤保典先生に実践発表をしていただきました。白澤先生は、本年度、教職大学院に在籍し社会科の研究を進めています。今回は、「1単元で2地域を扱う日本の諸地域学習の効果」~中核とする項目が同じ地方の比較を通して~という主題で研究の内容を発表していただきました。

 会のはじめに会長の峯岸誠先生から「昨年、12月に文部科学大臣より中教審に次期学習指導要領の諮問が出された。中学校では全面施行になって5年目となる。今後の動きに注視していきたい。今年は昭和に改元されて100年、戦後80年とさまざまな節目の年となる。中学校が置かれている地域には、今日までの歴史があるが、校務の多忙化や教員の異動などの理由で地域の調査が少ないという実態もある。ぜひ赴任する期間に関わらず、あたえられた時間を大切にして社会科教員として自分の地域の取り組みを大切にしてほしい。」と挨拶があり、白澤先生の発表が行われました。

 以下、その要旨を報告いたします。

0.自己紹介

 茨城県出身、大学卒業後は私立学校で勤務後、東京都に入職。練馬区立中学校に勤務。同僚の社会科教員の紹介から都中社の地理専門委員会に所属。その後は東村山市に赴任し、今年度は東京都の大学院派遣で現場を離れて教職大学院に通い地理を専門に研究をしてきた。

1.研究の目的

 これまで地理的分野で多くの実践・発表を行なってきたが、現場の教員の反応として「そんなことできない…」とあまり肯定的でなかった。教科以外の面の業務改善が必要なのはもちろんだが、教科の面でも工夫されたカリキュラムを作成したり、評価方法を工夫したりするなどして、業務の負担軽減を図れるのではないかと考えた。

 そこで「地理教育や社会科教育として質が高く、学校現場で実現可能な単元構成とはどのようなものか」と研究を進めていった。

2.先行研究について

先行研究では、地理として質の高い学びの実現のために動態地誌的学習と地理的な見方・考え方に注目した。

(1) 動態地誌的な学習の先行研究より

・課題1: 学習から抜け落ちる項目が存在し、受験への影響も不安

・課題2: 生徒たちの地域理解が中核事象に縛られて画一的で偏ったものになってしまう。

・課題3: 「地域的特殊性(地域)」と「一般的共通性」を追及することが難しい。

が挙げられた。

 課題1は年間指導計画を作成し、獲得させたい地理的な概念や既習済みの中核となる考察の仕方をその後の単元の学習でも取り上げることで対処できる。

 課題2は動態地誌的学習である以上すべての事象を網羅的に取り扱うことは不可能である。学習者自身が動態地誌的学習という学び方の長短を知ることができるように教師が働きかけていく必要がある。

 課題3は本研究で解決手段を講じる課題であり、具体的な手立ては後述する。

(2) 地理的な見方・考え方(地理的な概念)について

 そもそも「何が地理的な見方・考え方であるか」ということは地理学者の間でも共通するものはない。そこで吉田(2017)「地理的概念の機能に着目した日米カリキュラムの比較研究」の論文を参考にした。実践では、この論文に示された「二つの学習の側面に機能する地理的概念の抽象度と特徴」の理論に基づいて地理的概念を扱い、学習指導要領と照らし合わせながら単元に配置することにした。

3.研究仮説

① 「地方的特殊性」と「一般的共通性」の概念追究が難しいという課題を解決する。

② 3つの地理的基本概念(地方的特殊性(地域)と一般的共通性、自然と人間の相互依存関係、空間的相互依存作用)を単元指導計画の各単元で「獲得・高次化・転移」を図る概念として明確に位置付ける。

③ 単元の中で知識の構造化のプロセスを組み立て、獲得した概念的知識を用いて未来の予測を行い、現実に起こっている社会問題などへの価値判断や意思決定などを行う。

④ ①〜③を現場の実態(時数不足、評価の負担が大きいこと等)に合わせた計画とする。

 以上の点から「日本の諸地域学習で中核とする項目が同じ2地域を1単元で扱い、地理的概念の獲得・高次化・転移を計画的に位置付けた単元構成は広く今日の教育現場に受け入れられるものになるのではないか?」と設定した。

4.検証授業

(1)単元:九州地方と北海道地方

(2)対象:2学年4クラス

(3)単元計画:

1次 :(1時) 九州地方と北海道の共通点→単元の学習課題の設定

2次:(2時) 九州地方の自然環境と防災 (3時) 農業と観光業(4時) 工業の特色

3次:(5時) 北海道地方の自然環境(6時) 農業と観光(7時) 北海道開拓や稲作

4次:(8時) 九州地方と北海道地方の「位置」「地形」「気候」「農業」「観光」の比較

5次:(9時) 4人班で1人ずつ両地方の観光地を調べ、課題を考える

   (10時) 宮古島の観光業の在り方についてのパネルディスカッション

   (11時) 観光客増で宮古島を豊かにする市長の考えに対する自分の考えを論述

5.分析について

 分析材料は単元末(第11時)のパフォーマンス課題と生徒が毎授業記入する一枚ポートフォリオの記述から行なった。地域的特殊性と一般的共通性を獲得した生徒は全体の8割であった。人間と自然環境の相互依存関係についての理解も8割の生徒が達成していた。

 パフォーマンス評価の論述課題では、「観光業のさらなる発展は自然環境に悪影響を与える可能性があることを理解している」「宮古島は南西諸島ならではの自然環境を観光に生かしていることを理解している」を含む論述ができていたのは、半数にとどまっていた。この原因は九州地方の学習であまり沖縄県のことを扱わなかったことにも関わらず、発展的な学習の対象を宮古島にしたことが原因ではないか。

 教師の想定通りにできている生徒とできていない生徒を抽出し、第11時の論述課題と1枚ポートフォリオの振り返りとの分析を関連させて、知識の構造化および概念の高次化・転移ができていない要因を検討した。

〔九州地方と北海道地方の「位置」「地形」「気候」「農業」「観光」の比較を行なった第8時での記述から〕

⇒一見すると一般的共通性を見出しているように見えるが、それは裏付けるような具体的な地域的特色を表す言葉を使用した記述が見られず、他の記入欄にも個別的な知識を記入するにとどまっている。

〔単元の学習課題に対する最終回答から〕

⇒一生懸命ワークシートを振り返り、キーワードとなりそうなものをまとめた姿が思い浮かぶ内容だが、個別的な知識(わかったこと)の羅列で関連付けがなされていなかった。また、概念的な説明を求められる回答欄であるため、各時の振り返りに比べ知識の誤認もみられた。

6.分析に基づく単元の修正案

① 人間が自然環境に与える影響について生徒の印象に残るような取り上げ方をする。

② 価値判断・意思決定を行う単元末の学習では地誌的な学習の流れに沿うような事例を取り上げ、「人間と自然環境の相互依存関係」だけでなく単元を通じて捉えた「地方的特殊性と一般的共通性」を活用できるようにする。

③ 自然環境に注目するからこそ、人間の経済活動やその恩恵に注目させるような授業改善を図る。具体的には両地域での観光業の経済効果を具体的なデータに基づき理解させる。

④ 振り返りに概念的な説明ができていない生徒を支援する。授業者はそれを行うのはもちろんだが、毎時間は難しいので、毎回授業の最初に生徒同士の相互評価を取り入れるなどして他者から指摘を受ける機会を設けていく。また、単元を終えての最終回答や振り返りについては優れた記述をしている生徒の作品を全体で共有して教師が解説することなどが次単元以降に修正する手立てとなるだろう。

⑤ 単元末の論述課題についてはルーブリックを示して多面的・多角的な見方で論じていくことができるようにし、一度書き上げた内容をグループで指摘し合ってその意見をもとに自分の考えを修正するような取り組みを行うことで多少改善できるのではないかと考える。

7.成果と課題

・本研究を通して中核とする項目が同じ2地域を1単元として扱うことの効果については一定の成果を挙げることができた。

・「現場の教師が受け入れたい」と思うものになったかどうかは実証できていない。

・大きな負担となっている評価についても評価機会を減らすことには言及したが、論述課題の採点など負担が大きいものを残したままである。

社会科学習会ホームページ

社会科学習会は、若手教員を中心に、中学校社会科の指導法や教材開発等について学びを深めたい人たちが集う会です。会長の峯岸誠先生(元 玉川大学教授、元全中社研会長)、岩谷俊行先生(元全中社研会長)のもと、東京都内で基本的に月一回定例会を開き、年に一回は巡検を行っています。学習会への参加は随時受け付けています。社会科の力を付けたい先生方、一緒に勉強しましょう!

0コメント

  • 1000 / 1000