第186回学習会(11月)の報告

 第186回社会科学習会は、令和5年11月18日(土)に新宿区立牛込第一中学校において、「第56回全国中学校社会科教育研究大会栃木大会」で研究発表された目黒区立第九中学校の藤田琢治先生に発表内容を報告していただきました。

 本年度の全国中学校社会科教育研究大会は、栃木県宇都宮市のJR宇都宮駅東口に隣接するライトキューブ宇都宮(最大2,000人を収容できる会議中心の交流拠点施設、令和4年11月30日開業)を会場として、全体会、分野別の公開授業、研究協議、研究発表が行われました。新型コロナウイルス感染症の位置づけが、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律のインフルエンザと同じ5類感染症になり、コロナ前の全国大会と同じように記念講演などのセレモニーが実施され、栃木市、佐野市、真岡市、鹿沼市、髙根沢町、那須塩原市の各中学校の先生と生徒の授業を直接参観できました。大会の様子は、ライブ映像でも配信され、それを編集した映像が12月15日から令和6年1月31日までアーカイブス配信される予定です。

 東京都中学校社会科教育研究会(都中社研)は、毎年、全国大会の一分野で研究発表していますが、本年度は、公民的分野での発表でした。藤田琢治先生は都中社研公民専門委員会の委員長であり、長年、都中社研の研究を牽引されてきた先生です。以下に講演要旨および、全国大会の発表概要を紹介いたします。

Ⅰ 東京都中学校社会科教育研究会公民的分野専門委員会研究発表

 見方・考え方を活用した公民学習の指導のあり方―市民性の育成を目指して―

1.平成12年度東京大会から令和3年度東京大会までの研究の経緯

(1) 東京の特性をいかしてきたこれまでの研究の継続性

 東京都は 10 年ごとに全国大会を実施し、全国に研究の成果と課題を発信する機会を得ていることは東京都の研究の特色であり、「研究の継続性」は使命であると考えます。将来の主権者・社会の形成者として、社会を創る態度の育成や社会参画への態度の深化を図るための研究を積み重ねています。「かかわる社会科、社会をつくる社会科」(平成 12 年度全中社研東京大会)→「自分づくり・社会づくり」(平成 16 年度関東ブロック中社研東京大会)→「国家・社会の形成者として」(平成 23 年度全中社研東京大会)→「グローバル化する社会を行き抜く」(令和4年度全中社研東京大会)というように、社会参画を貫いて、かかわる範囲を広げて研究を継続しています。

(2) 平成24年以降の社会状況認識

 市場経済の特徴と戦後の東西冷戦構造の崩壊に始まる資本主義陣営の拡大と市場経済における市場の拡大により国際社会はグローバル化やボーダーレス化が加速していると考えます。また、インターネットの普及をはじめとする情報化の進展もグローバル化の進展の要因となり、政治や社会の在り方にも影響が現れています。

 このような社会を生きる生徒たちに、自立した人間として生き抜いていくために必要な資質・能力の育成が求められています。これまでよりもより真摯に「公正」を意識しながら、また「効率」を考慮して「合意」形成をしていく力を習得し活用できるようにしていくことが必要であると考えます。

(3) 平成 24 年度以降公民専門委員会研究の経緯

 平成24年度からの研究は、「対立と合意」「効率と公正」という概念の確実な習得を目指した指導計画を作成し、その実践を行い、習得した概念を活用させた経済、政治、国際社会の授業実践を行うという方針で進めてきました。「対立と合意」「効率と公正」という概念とそれを使いこなす力を身に付けることが「社会の担い手」に必要なものだと考えたからです。概念を理解すること、評価規準を検討すること、「見方や考え方」を働かせ多面的・多角的に考察させ「構想」することに着目し、パネルディスカッション形式を用いた授業実践を進めてきました。

(4) 「4つの資質・能力」(4つの力)について

 都中社研がグローバル化する社会を生き抜くために社会科として身に付けさせたい資質・能力として設定した「予測力」、「対応力」、「共生力」、「発信力」の「4つの資質・能力」の育成について、学習指導要領に示された「資質・能力の3つの観点」との対応関係を考え、授業実践を通して公民専門委員会として検討してきました。「グローバリゼーションや異文化・多文化交流の進展に伴い、国民国家の枠組みが変容し、同質的な国民というアイデンティティに基づく市民概念がとらえ直しを迫られるようになる中で、社会に対する責任感をもち、公共性を備え、倫理観に基づいて意思決定や行動ができるなどの資質・能力」を「市民性」と規定し、生徒一人一人がよりよく生きるため、社会が持続可能であるために、「市民性」の育成を目標としていくことを都中社研全体にも提案しました。

(5) 中項目(2)「よりよい社会を目指して」について

 社会科学習の最後の中項目となるD(2)「よりよい社会を目指して」を中学校社会科学習の「要(かなめ)」と位置づけ、それぞれ「地理的な見方・考え方」「歴史的な見方・考え方」を十分に働かせ、地理的分野では「地域の在り方」について構想し、歴史的分野では「現代の日本と世界」の中項目において現代社会の諸課題について「構想」させることを、令和3年度全国大会に向けて積み重ねた都中社研研究部会で地理・歴史の両委員会で共通理解することができました。


2 これからの 10 年間の研究の方向性について

 (1) これからの10年

 我々が生きていくために欠かせない社会の枠組みが、市場経済(資本主義経済)と民主主義といえます。グローバル化が進む中で、近年、この2つの仕組みが上手く機能していない現状が顕著となってきました。市場経済(資本主義経済)は、より大きな富を生み出し経済のパイを大きくした一方、富める者と貧しい者をつくりだすという宿命をより鮮明にし、先進国と途上国の対立だけでなく国内での対立を激化させています。民主主義は、経済的な不満などを背景にして自国第一主義に走り、ポピュリズム化の傾向が進み、法の支配から人による支配へ逆行するかのような動きを見せ始めています。

(2) これからを生きる生徒のために

 これからの 10 年は、グローバル化する社会に対応するべく試みた4つの資質・能力を活用しつつ、現代社会を支えてきた市場経済(資本主義経済)と民主主義という仕組みを、どのように改善・改良していくのかという議論や政策判断ができる市民を育てる社会科教育を目指すべきです。


3 令和4年度の研究

 世界的なコロナウィルス流行による混乱、ロシアによるウクライナ侵攻など、予測しがたい事態は、様々な分野に有形無形の影響を及ぼしており、国内や国際社会の政治や経済に変化が表れています。このような、大きな変化の渦中にある社会を生徒たちが生き抜いていくためには、令和3年度全国大会で都中社研が掲げた「グローバル化する社会を生き抜く」ための「資質・能力」の重要性がより増し、これまで以上に社会科という教科を通して育成しなければならないと考えます。

 このような認識のもと、都中社研公民専門委員会では、「4つの資質・能力の育成」、「内容の確実な理解と習得」、「見方・考え方」を適切に働かせることの実現を目標とした指導計画の立案と検証を実施しました。

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 以上の説明の後、公民的分野大項目C「私たちと政治」中項目(2)「民主政治と政治参加」の検証授業についての説明がありました。生徒が国の政治の仕組みや役割をより概念的に理解することをねらい、「立法」「行政」「司法」の三権についての内容を1つの「まとまり」とし、三権を国の政治の仕組みとして総合的にとらえて理解できるようにし、三権の仕組みや役割に関わる選挙やメディアの働きに関する学習内容も含めた全11時間の指導計画を作成し、パネルディスカッションを取り入れた授業展開について、豊富な資料を基に丁寧な説明がありました。

 生徒のワークシートの分析や記述から、生徒の「共生力」「発信力(構想を含む)」の育成ができていることが実感できました。

 説明後、質疑応答があり、生徒の習熟の差がある中でのパネルディスカッションを実施するための工夫、「司法」に関する学習内容の習得の不十分さと関連する司法の課題、発問の工夫や資料の活用の在り方などについて意見交換をすることができました。


Ⅱ 第56回全国中学校社会科教育研究大会栃木大会について

1 大会主題  「社会を見つめ、社会と関わる力を育む社会科学習の創造」

2 主題設定の背景

 予測困難な時代を生きるために「社会を見つめ、社会と関わる力」が必要であり、その力は「よりよい社会とは何か」「よりよい人生とは何か」を自問し続ける基礎となる力と考えます。予測困難な時代を生きるためには、様々な価値観を尊重した上で、問題解決の最善策を得るため、何がよりよいかを常に意識し続ける態度が必要です。「よりよい社会とは何か」「よりよい人生とは何か」を問い続ける生徒の育成は、中学校社会科の目標である「平和で民主的な国家及び社会の形成者に必要な公民としての資質・能力の基礎」の育成と軌を一にするものと考え主題を設定しました。

3 授業づくりの視点 ~どうすれば、社会を見つめ、社会と関わる力が身に付くのか~

 批判的思考の育成と批判的思考態度の育成の2つの視点から、授業づくりの一層の充実を図りました。

(1) 視点1:批判的思考の育成 ~「問う」×「考える」~

 ある事象に対して、社会的な見方。考え方を働かせて疑問を抱き、思考する授業の積み重ねが、日常生活でも批判的思考を働かせることにつながると考えます。

 ⅰ ある情報に対して疑問をもつ ~見方・考え方を働かせる問いで、思考が活性化する~

 ⅱ 社会事象に対する自らの考えを記録し続ける ~自らの成長を実感しさらに促す~

 ⅲ 情報を鵜呑みにせず、情報を精査して、自分の考えをもつ ~当たり前を疑う~

(2) 視点2:批判的思考態度の育成 ~探究心を高める資料と授業展開~

 批判的思考態度は、「論理的思考への自覚」「探究心」「客観性」「証拠の重視」の4つからなります。その育成には、物事の真理を追い求める「探究心」を他の態度に先立って高める必要があります。

ⅰ 心的距離の近い教材を発見、開発する ~生徒と社会的事象を人でつなげる~

  生徒にとって、可能な限りリアルな、人の息吹を感じられる教材

ⅱ ICT(特に、ビデオ会議サービス)を活用する ~心的距離を縮める~

 ビデオ会議サービスを使えば、教室にいながらにして世界中の人にインタビューができる。

 ⅲ ゆさぶりをかける ~獲得した知識を一度砕き、学習への動機を喚起する~

 生徒の既得知識にゆさぶりをかけるため既習内容では説明できない社会事象を提示する。

 このような考えを基に、地理的分野、歴史的分野、公民的分野における「社会を見つめる力」「社会と関わる力」とは何かを示し、批判的思考と批判的思考態度の育成を図るための授業を公開し、研究を深めました。

社会科学習会ホームページ

社会科学習会は、若手教員を中心に、中学校社会科の指導法や教材開発等について学びを深めたい人たちが集う会です。会長の峯岸誠先生(元 玉川大学教授、元全中社研会長)、岩谷俊行先生(元全中社研会長)のもと、東京都内で基本的に月一回定例会を開き、年に一回は巡検を行っています。学習会への参加は随時受け付けています。社会科の力を付けたい先生方、一緒に勉強しましょう!

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